Ⅰ.総 論 |
1. 構造と機能 |
1) 咀嚼の生理学 |
井上 誠 |
咀嚼は口腔内で営まれる食塊形成の過程であるが,これを制御するのは口腔内の器官のみではなく,上位脳から末梢の筋,受容器にいたるまでの感覚と運動の統合機能である. |
2) 咽頭期における舌骨・喉頭運動 |
加賀谷 斉 |
咽頭期の舌骨・喉頭運動は極めて重要である.5つの喉頭挙上筋の活動により舌骨・喉頭は最初やや後上方に挙上し,次に前上方へと移動し,そして原点に戻ることが多い. |
3) 喉頭閉鎖のメカニズム |
稲本 陽子 |
嚥下中の連鎖的運動のなかで,喉頭閉鎖は不可欠である.声帯閉鎖は他の2事象(喉頭前庭閉鎖と喉頭蓋反転)と独立して,予期的な防御機構として,安全な食塊移送を促進している. |
4) 咽頭筋の収縮と食道入口部の弛緩 |
中尾 真理ほか |
咽頭嚥下圧は一瞬の閉鎖空間のなかに作られる「かげろう」のような存在である.本稿では「嚥下圧」にまつわる用語を整理し,計測法も含めて概説する.食道入口部開大の仕組みについても触れる. |
5) 延髄の嚥下中枢とcentral pattern generator |
杉山庸一郎 |
咽頭期嚥下は再現性の高いパターン化された運動であり,それを制御している嚥下central pattern generatorのメカニズムを理解することは嚥下を理解するうえで必須である. |
6) 大脳の役割と可塑性 |
山脇 正永 |
近年,嚥下運動での大脳の役割とその可塑性に基づいた嚥下障害治療の知見が集積されている.今後は大脳を介した積極的な嚥下障害治療・リハビリテーションが期待される. |
2.プロセスモデルを考慮した摂食嚥下リハビリテーション |
松尾浩一郎 |
液体嚥下と咀嚼嚥下では摂食嚥下のプロセスが異なる.そのため,摂食嚥下障害患者への対応でも,液体嚥下と咀嚼嚥下の動態は区別して考えるべきである. |
3.在宅における食支援 |
菊谷 武ほか |
在宅における摂食嚥下リハビリテーションの実施にあたっては多職種での連携は欠かせない.連携ツールとして,ICTを利用した方法と,地域での食に関する情報を共有することを目的としたウェブサイトを紹介した. |
4.診療報酬と介護報酬 |
小野木啓子 |
2016(平成28)年度までの診療報酬改定(医科)と2015(平成27)年度までの介護報酬改定において,摂食嚥下リハビリテーションに関係が深い項目を概説した. |
5.評 価 |
1) 患者診察のポイント |
國枝顕二郎ほか |
嚥下造影などの検査だけに頼ることなく,あくまでも丁寧な臨床評価こそが嚥下障害患者の全体像をとらえる最適な方法である. |
2) スクリーニング検査 |
中山 渕利 |
摂食嚥下障害のスクリーニング検査法のなかから,実際の臨床で使いやすい質問紙を用いた方法,反復唾液嚥下テスト,水飲みテスト,フードテスト,咳テストについて解説する. |
3) 重症度分類の使い分け |
大野 友久 |
本邦でよく使用される各嚥下障害の重症度分類をまとめた.いずれも簡便な分類なので,文章よりも表をご確認いただければ内容のほとんどを理解できるであろう. |
6.検 査 |
1) VFの標準的手段と観察のポイント |
柴田 斉子 |
嚥下造影検査(VF)の診断と治療という2つの目的を押さえ,適切な間接訓練の立案,安全な直接訓練の範囲を実現させるための手法を解説する. |
2) VEの標準的手順と観察のポイント |
太田喜久夫ほか |
観察するべき項目を整理し,必要な物品や手順や姿勢などを明確にして実施すること.嚥下リハビリテーションの効果を高めるためにも,検査前に十分に多職種で連携しておくことがポイントといえる. |
3) マノメトリーでわかること |
青柳陽一郎ほか |
High resolution manometry(HRM)は嚥下の神経生理学的現象を評価するツールであり,臨床場面で使用される場面が増えつつある.本稿ではHRMの適応と有用性について,実際の3症例を提示しながら解説する. |
4) 超音波検査でわかること |
清水五弥子ほか |
超音波診断装置を用いて,摂食嚥下に関する筋の形態や嚥下運動を定量的に評価することができる.超音波検査の方法と結果の解釈について解説する. |
5) 頚部聴診でわかること |
高橋 浩二 |
頚部聴診法は食塊を嚥下する際に咽頭部で生じる嚥下音ならびに嚥下前後の呼吸音を頚部より聴診し,咽頭相における嚥下障害を判定する方法で,日々の食事中に適用できる. |
7.介 入 |
1) 間接訓練のエビデンスをめぐって |
熊倉 勇美 |
摂食嚥下運動の特性から,単一の訓練法,特に間接訓練のエビデンスは求め難い.日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会の「訓練法のまとめ(2014年版)」を紹介し,エビデンスのある論文は少ないことを前提に,訓練法を列挙し,いくつかについて解説を加えた. |
2) 直接訓練の方法と現時点でのエビデンス |
清水 充子 |
誤嚥をせずに摂食できるよう導く直接訓練の主な手法を,嚥下前・中・後の誤嚥対策に分けて解説し,現時点で得られているエビデンスと今後への期待を述べる. |
3) 口腔内装置 |
野原 幹司 |
口腔内装置は適応を見極めれば嚥下リハビリテーションにおいて非常に有用な手段となる.本稿では舌接触補助床,軟口蓋挙上装置,義歯の適応症や効果について解説する. |
4) 嚥下障害に対する手術法とその適応 |
香取 幸夫 |
リハビリテーションなど保存的治療の効果が上げ止まりになった症例に対して選択される嚥下機能改善手術および誤嚥防止術について,その適応と方法を解説する. |
5) 口腔衛生の意義と方法 |
角 保徳 |
摂食嚥下リハビリテーションを必要とする患者への口腔ケアには,常に誤嚥のリスクが存在する.口腔ケア中の誤嚥事故を予防する『水を使わない口腔ケア』について解説する. |
8.栄養と食餌 |
1) 栄養管理と経腸栄養 |
伊藤 彰博ほか |
栄養管理はできる限り経口・経腸栄養で行い,腸が機能している場合は,腸を使うことが原則である.嚥下訓練が必要な症例では,早期から“食べるためのPEG”が推奨されている. |
2) 嚥下調整食の基準と使い方 |
藤谷 順子 |
嚥下調整食(食物形態ととろみの程度)は低下した嚥下機能に合わせつつも,味やQOL,食意欲や機能の改善にも配慮して調整・選択し,組み合わせることが重要である. |
Ⅱ.各 論 |
1.脳卒中 |
馬場 尊ほか |
ポイントは病態が球麻痺か仮性球麻痺を把握することである.球麻痺は健常機能が多く訓練方法の選択肢が多い.一方,仮性球麻痺は併存障害が多く介入方法に選択肢が少ないので食形態の調整がより重要である. |
2.パーキンソン病 |
山本 敏之 |
パーキンソン病の摂食嚥下障害について,嚥下造影検査でみるべきポイントと病態や障害の程度に合わせた対処法について解説する. |
3.筋ジストロフィーと摂食嚥下障害 |
野﨑 園子 |
筋ジストロフィーの病型により異なるが,主な特徴は,咬合不全,舌運動障害,咀嚼運動障害,口腔咽頭移送障害,食道括約筋機能不全,摂食動作困難,呼吸不全による嚥下困難などである. |
4.老嚥(presbyphagia) |
倉智 雅子 |
老嚥(presbyphagia)とは加齢に伴う嚥下機能の低下で,フレイルやサルコペニアが一因ともいわれる.早期発見と栄養管理,嚥下筋筋力増強訓練が重要である. |
5.小児の摂食嚥下障害 |
田角 勝 |
摂食嚥下機能の発達期である小児の特性を理解し,摂食嚥下障害と基礎疾患,合併症,全身状態を把握したうえでの,摂食嚥下機能評価と対応が重要である. |
6.口腔がん |
鄭 漢忠 |
口腔がんの嚥下機能は術後に徐々に悪化する場合もある.術後の義歯の使用は咀嚼や送り込みに有用と考えられているが,嚥下機能に対する効果は不明である. |
7.頭頸部がん―病態に応じたリハビリテーション― |
藤本 保志 |
頭頸部がん治療による嚥下障害の病態は予測可能である.障害のメカニズムに基づいた対応やリハビリテーション立案が患者の生活機能,質の維持・改善のために重要である. |
8.誤嚥性肺炎のリハビリテーション |
谷口 洋ほか |
誤嚥性肺炎ではその診断だけでなく,原因や基礎疾患の検討が必要である.内科的治療と並行して,全身状態に合わせた嚥下リハビリテーションを行う. |
9.サルコペニア |
若林 秀隆 |
サルコペニアの摂食嚥下障害は,入院高齢者に廃用,飢餓,侵襲を合併することで生じやすく,リハビリテーション栄養の考え方とKTバランスチャートの活用が有用である. |
研究を読み解くために |
摂食嚥下リハビリテーション研究で使われる統計解析の読み方 |
海老原 覚ほか |
嚥下障害の質の高い診療を行うには,最新の臨床研究の成果を積極的に習得しようとする姿勢が重要である.この実践のためには,医学データの統計解析法と,その理解が必要である. |